- 著者:
- 池波正太郎
- 朗読:
- 三好翼
保津川や清滝川でとれる鮎が京に運ばれる途にある愛宕山〔平野や〕の鯉、そのうす紅色のそぎ身が平蔵の歯へ冷たくしみわたった。が、骨休めもほんのひとときのことであった。
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保津川や清滝川でとれる鮎が京に運ばれる途にある愛宕山〔平野や〕の鯉、そのうす紅色のそぎ身が平蔵の歯へ冷たくしみわたった。が、骨休めもほんのひとときのことであった。
宇津谷峠の上り口に、小さなだんご十個を一連にして麻の緒でむすんだ〔十だんご〕を売る茶店がある。それと竹の水筒に汲ませた岩清水を伴に、平蔵は左馬之助を待った。
「この餓死をしかけている老婆へ、熱い粥などを見せながら、責めつけて見れば、みんな吐くさ」きびしく巧妙な長谷川平蔵の追及のはじまりである。
早くに親を亡くした〔小川や梅吉〕〔霧の七郎〕兄弟は幼い頃から仲がよく、兄が与えてくれた沢庵飯を七郎は今もたまらないなつかしさで想いおこすほどであった。
木村忠吾が久しぶりに会う叔父・金森与左衛門と、目黒不動堂惣門前の料理茶屋〔稲葉屋〕で酒を飲みつつ豆腐の田楽をつついていると、叔父がふしぎなことをもらした・・
自慢の〔芋膾〕を喜び女房の土産にまで詰めさせた〔浪人さん〕のあとをつけ〔鬼の平蔵〕であると悟って、鷺原の九平はぞっとした。腰を抜かすほど驚愕した。
蕎麦やへ火をつけ金を盗み逃げたとして、相川町の菓子屋〔柏屋〕の奉公人・亀吉が挙げられた。その亀吉が〔晒しもの〕にされているのをながめ見て、平蔵の胸がさわいできた。
佐嶋忠介は馴染みの店、芝・神明前にある〔のっぺい汁〕が名物の料理屋〔弁多津〕で目を覚ました。二千石の大身旗本・横田家嫡子誘拐犯の定めた日は、今日である。
火付盗賊改方の密偵・伊三次は、上野山下の下谷町二丁目、俗に提灯店と呼ばれる岡場所で娼婦およねと湯豆腐で酒を飲んでいた時、およねから妙なものを見せられた・・・
「万年橋のたもとに、桐屋と申して、ちょいとその、うまい田楽を食べさせます」木村忠吾とともに昼飯をとろうとしていた長谷川平蔵は、横道から出てきた男に目を留めた。
さ、この三つ重をを先へ取ってくんな。ここへ来る途中、今戸の嶋屋で仕入れて来たのよ。中は鷭のつけ焼きに茄子の田楽・・・
奉公先の医師・萩原宗順の好物の照降町〔翁屋〕の胡麻せんべいを買ってもどったおよしは、不審な男とでくわし叫びかけ「しずかにせぬと殺す」おどされて、身をすくませた。
親しい友、酒、あぶらののった沙魚を生醤油と酒で鹹めにさっと煮つけたの・・・ 平蔵は己の気ばらしのひとときを「おれもじいさまになったものよ」とほろ苦く笑った。
天明八年十一月末の夜ふけ、平蔵が市中見まわりから役宅にもどると、熱い酒を手に出迎えた妻女久栄が浮かぬ顔をしている。実家からめんどうなたのみごとがあったという。
佐々木新助は深川を巡回の途中、寒さに疲れた体をやすめるべく大好物の熱い甘酒をすすろうとして富岡八幡官・境内の〔恵比須屋〕へ入り――そこで茶汲女・お才を知った。
千駄ヶ谷は法雲山・仙寿院門前の茶店〔蓑安〕名物の草もちを一人ですべてつくっている嘉平老人は、実は法楽寺の直右衛門一味でその名を名草の嘉平といった。
「こりゃあ、御手柄だ」冷酒を満たした茶碗を手に聞いた岸井左馬之助の話に、長谷川平蔵は真顔になり「いくらでも恩に着よう」「ざまあ見ろ」左馬之助、大得意である。
平蔵はニツ目橋にあるなじみの軍鶏なべ屋〔五鉄〕へ密偵の彦十を呼び、夜鷹殺し捕縛のための策を練った。方策は「たった一つしかごぜえやせんよ、鋏つぁんの旦那」「む。囮か」
〔瀬音の小兵衛〕は、浅草観世音の境内でばったり再会した昔なじみのおまさとともに、昼飯――菜飯やとうふの田楽を口に運びながらも深い考えに沈んだ。
「まだ何人か、雨乞い一味の者を捕えてはおらぬが……」長谷川平蔵は岸井左馬之助をまねき、酒肴のもてなしをし、三方を差し出した。「さ、うけとってもらいたい」「ばかな」